雑記:未分類

・睡眠時間6時間半くらい。思考に持っていかれて、やはり寝つきが悪い。ついでに電車の遅延に巻き込まれたので帰りも少し遅かった。てか、思い出したけど、火曜日以降は月曜日の就寝時間に影響されるのであった。じゃあ、今週はこんな感じか。
で、いつもより30分くらい早く目が覚めて、「観念してここから起きてみるかー」と思いながら二度寝して、久々に月曜以外に通常通りの電車に乗れた。


・WJの今週の読み切りは、赤マルに以前に掲載されていて、そっちはちゃんと「金属の加工」を色々と活かしたものだったらしい。そっちは興味あるなー。そういえば金属の変形で「バネ」とか作れるもんなー。


・昨日の思考は「WJの後ろに載ってる作品は、どうだったら自分は好きになれたのだろう」というやつだった。ということで、その思考実験のメモ。特に一般性は考慮せず、あくまで「自分が楽しい」というのを中心とした思考実験。
「鍵人」はわりと簡単に想像できて、「メタ漫画能力」か「インフレ済み能力」の少なくともどっちかに焦点を当てて、それを上手いことやってくれたら良い、、、と思ってたんだけど、よくよく考えれば「でかぶつを片付ける」「遠くのしかも空に居る対象をどうにかする」という感じで、一応「この能力じゃなきゃいけない」という構造になってて、焦点は当たってるんだよな。もっと焦点を絞れば良いのか、あるいはこれだけじゃ自分は楽しめないのか。
「あねどき」はそもそも自分はターゲットじゃないと思うのでスルー。むしろ「とらぶる」を楽しめたのがおかしいのだと思う。
PSYREN」は後方に来てるけど、普通に楽しいのでスルー。
「AKABOSHI」はこのまま「ツッコミ型漫画」になっていけばそれでOK。下手に物語らず、絵で魅せてツッコミ前提の滅茶苦茶な理屈で必殺技さえ見れれば十分に楽しめるのだとわかった。読み返してたら「いやいや鳥籠て。どうやって後ろまでナイフで埋めたの!?まさかの白鯨!?」とかまだ楽しめたし。これで主人公の回避理由が「ナイフの刃を溶かしたから」だったらもっと楽しめたのになー。「いやいや、被害がもっと増えるから!」みたいな。
「わじま」はなぁ。わかんないんだよなぁ。「笑いのツボ」が違うのがすごく大きいです。自分は気に出来てなかったのでなんだけど、「枠の汚さ」とかそういう「基本のできてなさ」を逆に利用されたら楽しめたんだろうか?毎回キャラが枠線からはみ出てたりとか?
「めだか」もわかんねーんだよなー。「キャラ造形がイヤだ」というところまでは特定できたものの、どうやったら楽しくなるのかが想像できない。色々考えたけど、「学園ものはしんどい」くらいしか結論が出ない。「刀語をそのまま漫画化」が今のところ最善だけど、あまりにフツーすぎる。


・どうにも感覚がおかしい。「普通に戻った」と考えるからいけないのか。「悪い状態から、ちょい悪状態になった」と考えた方が良いのか。


・今週の作業はほぼ終わったので、確認とか前倒しとかしつつ、ちょっとスローペースで行こう。もう少し状態回復を優先する。9月の連休で普通に休めば完全回復しそうな感じだけど、あと3週間は意外と長い。
とりあえず、今月のスケジュールは確認。色々と詰まっているけど、基本的には既存のやつの修正とかがメインか。


・自分は「不快を回避すること」を優先する&した方が良い人間なんだなーとか考え始める。
ベースが「MinMax」の人間なのでなんとなくわかってはいたものの、「不快を正面から受け止めることで得るものがあったり結果的にストレスが最小になったりする」という事象だか主張だかが混ざってよくわからなくなってた。しかし、とりあえずは「不快を回避すること」が重要であり最優先事項であると考えていいだろう。上の人たちを見ると「快のためなら不快もやむなし」という人が結構居そうなので、一般論レベルにはならんと思うけど。
「不快と正面からぶつかる」のは「不快を回避できない」という状況になってからだ。その場合はできるだけ早めにぶつかって、不快を「最小」にして欲しいが、「できるだけ不快の回避(0にする)を試みる」というスタンスとはちょっとぶつかるんだよなー。慣れる以外の方法が思いつかない。
とりあえず、不快を回避するために「距離をおく」というのはある程度実行できるようになってきたし、効果も実感できる。ただ、「範囲」が狭くなるんだよなー。もっと簡単に言えばLDRの登録数が減る。また「行動」の方に時間を割きたいので、別に良いっちゃ別に良いんだけど。


・休憩ってどうすりゃいいんだっけ。ぼーっとしてても楽にならんし、LDR読んでても楽にはならん。むしろ室温の問題か?


・いまさらでなんだけど、「科学を好きになる人を増やしたい」というのも「TRPGをやる人を増やしたい」というのも、自分には直接的な影響がないという意味で等しく興味が薄い。ただ、どちらも「知らないで居るのがもったいない」から「知って」はほしいけど「やって」とまでは言えんなーという感じ。という部分が共通してたのだなーというのに、今さっき気付いた。


・あぁ。なんとなく。
「例え話」を「説明」に使うのは好きでも、「教訓」に使うのは好きではないのか。
でも、「教訓」を「説明」と捉えられなくもない。しかし、「世界の真理」みたいな形で「例え話」を使われるのが嫌いだ。嫌いなのか?あるいは好きではないだけか。
もう少し具体的にすると、「北風と太陽」の例を使う場合、「この世は太陽的な振る舞いが有利」というのはイヤで、あくまで「この構造は北風のように逆効果」みたいな説明にとどめてほしい、みたいな。


・つか、まただんだん思考がぼやけてきた。今週はこんな感じか。せめて8時間もってくれれ、、、8時間は確かに長いな。でも4時間は短いよ。


・アレな感じで言えば「景色がぼやける」。「他人の見る景色」みたいな「景色」。プロジェクト終盤になるあたりで「景色」がぼやけるというか見えないというか灰色というか本当にアレな言い方しかないなこれ。まぁとにかくそれを休養で取り戻したかったんだけど不発。「景色」っつーか「展望」の方が近いか?別にあの「明るい展望」が「正しい」などとは思わんが(「間違ってる」ともなおさら思わんが)、あれは「原動力」として使えるのでまた取り戻したいなーと思うんだけど、でも案外今の状態でも趣味の方はそこそこちゃんと進んでるのでそんな急ぎでもない。9月の連休でなんとかなればいいなーぐらい。


・あと、そもそも「不快」を大きく扱いすぎるんだ。「倍返し」じゃ利かないくらいに過大評価?なんていうの?してるんだ。それを直すよりは回避した方が早いし確実で云々。


・なんか文章が「頭がアレな時の文章」になりつつある。つか、なってる。そもそも文章か?まぁこのへんにしとこう。