未分類の雑記

・睡眠時間9時間程度。眠いが強引に起きてみる。


・雑記の分離を下方向にすると、検索したときに「未分類の雑記」の方が上に来て困るな。「日記型」から「ブログ型」に切り替えればいいんだろうけど、それだと見た目がブログっぽくなるんだよなぁ。次に検索して困るようなら切り替える。


・すっかり忘れていたが「論理学をつくる」という本を買っていなかった。大学の図書館で論理学の勉強してるときに偶然見つけて面白かったので買っておきたかったのだが、本屋では見つからなかったんだった。なんか表紙が変わったっぽいんだが、あの文章はまだ表紙に書いてあるんだろうか。
うろ覚えだがこんな風なことが書いてあった。

優れた教科書は分厚い。
そして、この本は分厚い。
しかし、だからといってこの本が優れた教科書と言えるわけではない。
それは何故か、という疑問を解くのが本書で解説する論理学だ。

なんかすごく改変してしまった気がするが気にしない。
そいや「*book」タグでブクマしてたっけか。ここまで書いてようやく思い出した。じゃあ入れなくてもよかったのか。
そこから考えると、別にあそこにまとめなくても、「未購入」とかのタグでまとめられるんじゃないか?まだ出現してないやつは難しかったりもするか。


・曲聞きながら作業したいんだけど、作曲の場合はそうもいかないな。


・彼が返すのは、もちろん200。なぜなら、彼もまた「無知で無能でクズ。アホでバカ。低脳ワーキングプア」な存在だからです。


・デコード結果が同じであれば、自分にとってはそれは等価である。閾値を下げて感じる幸福感も、上げて感じる幸福感も自分にとっては同じであるため、閾値は下げる方が良い。
で、そいやこういう感情のエンコーディングは非対称なんだな、と。「エンコード前」と「デコード後」は必ずしも一致しないし、どんなに「エンコード前」が違っても「デコード後」が同じであれば、受け手にとっては同じこと。当たり前のことのようでもあるが、暗号化・復号化と考えれば意外か。非可逆圧縮と捉えればそうでもないか。個人差が出るあたりは違うか。個人差をなくすために「エンコード技術=芸術の見方」が確立されたのか。


・なんとか「はぼっくあにめーしょん」を退けたmemecy。しかし、次に彼の前に立ちはだかったのは「しぇーだ」であった。かつて「しぇーだ」に敗北したmemecyに勝機はあるのか。次回、「memecy死す!?」。すべからく看よ。


・「memecy死す」だったらmemecyは死んじゃうけど、最後に「!?」が付いたらまず死なないよね。その回は滅茶苦茶にやられるんだけど、次の回で勝っちゃうみたいな。ある意味これも生存フラグか。


・先々週あたりからやろうと思っていて先週はできなかった「Claviwave」+「ザ・マッチメイカァズ」を試し中。SEの高さの調整だけでもできればいいかなー程度に思ってたけど、意外とちゃんと弾けるSEもあったりする。そもそもSEの音が「ド」じゃないので、色々ムリはあるが。ベースみたいに低い音で弾けるSEがまだ見つからない。